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COLUMN

いい会社づくり通信

「ずらし」の可能性

2021.04.05岡村 衡一郎

「ぞうはいません」。
九州の大牟田市動物園のチケット売り場に置かれた手書き看板である。
なぜチケット売り場付近に設置したのかというと、ぞうを見に来た人からのクレームをなくすために、購入前の告知をしているそうだ。
しかしこの看板が、思いもよらぬ方向に発展していった。
大牟田市動物園の存在意義が端的に伝わるアイコンとしての機能を発揮しはじめたのだ。

 大牟田市動物園は、ここ数年、大牟田市の人口をはるかに超える来場者が訪れる。
近隣の人口比から考えれば異常値の入場者数を実現している。
「ぞうはいません」の背景には、新たにぞうを飼育しない理由があるのだ。
ぞうは、そもそも、群れで生きる動物、一頭二頭で飼育していくのに適さないと判断したからだ。
以前いたぞうが、亡くなってしまったのをきっかけに、動物本意の判断で、ぞうの展示をやめたそうだ。

 来場者が喜ぶことではなく、動物が喜ぶことを、大牟田市動物園は、動物の本意の判断繰り返しで、動物園の存在意義を変えた。
「動物を見に行くところ」から「動物の命を本来支える場所として、終末期の介護も含めて支えていく動物介護のモデル」へと。
飼育してきた動物が高齢期にさしかかっていることもあり、終末期を動物目線で支えていく行為に世界から注目が集まった。
やっているのは、ごくわずかな動物園だけである。

 動物本意の判断で命を支える技能は、世界の動物園介護のモデルになっている。
例えば、ある動物にエサを与えていく際の工夫だ。
もともと高い所にある木の葉っぱを、自分の舌を使って、力強くむしって食べていく習慣が、その動物にはある。
だから、舌を使ってむしり取れるように高いところにエサを置く工夫をしている。
こうしたエサの食べ方をした方が、動物が長く生きられるのだそうだ。
こういった発想のもとに動物本意の仕掛けがありとあらゆるところにしてある。

 動物の命を適切に支えていくという判断。
彼らが起こした、来援者数の驚異的伸びは、大型の投資をした訳でも、客寄せパンダに頼った訳でもない。
動物の命を考えた飼育方法による展示の仕方が結果的に変わったことが、来園者の感動につながったのだ。
一日でも長く動物の命が輝く状態にしていくという思いからはじまった、自分たちの存在意義のずらしが、来園者の感動と飼育技能の世界的モデルへの深まりにつながっている。

 AからBへ。
自分たちの存在意義のずらしは、粋な活性化策の重要な一手であることが多くある。
自社のお客さまにとっての存在意義は現在何で、これから何にしていく必要があるのだろうか。
存在意義のずらしを、粋な方向で考えられれば、大きな投資が必要のないイノベーションに、お客さまの感動につながる。
事業の活性化の答えは足元に転がっているが見過ごされていないだろうか。

【HOTERES「サービス・イノベーション 48手-Part2 175」2020.5.8.15】